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東京高等裁判所 平成12年(う)433号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一八〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人藤原真由美及び同泉澤章連名作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一  控訴趣意中、事実誤認の点について

所論は、要するに、本件強盗は、被告人が単独で計画・実行したのに、原判決は、被告人が長男B(以下「B」という。)と共謀の上同人に実行させたと認定したが、これは判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認である、というのである。

そこで検討するに、原判決挙示の各証拠によれば、原判示のとおり、被告人が、Bと共謀の上、同人に本件強盗の実行行為を担当させた事実を優に認定することができるのであり、その理由は、原判決が(事実認定の補足説明)で適切に説示したとおりである。

所論等に鑑み、以下に補足する。

1  所論は、被害者が、強盗犯人が女であるはずがないとの誤った思い込みから、実行犯人を男と供述しているものである、というのである。

そこで検討するに、関係証拠によれば、被害者は、本件当時、一人で開店準備のためカウンター内でおしぼりを洗っていたところ、本件スナック店出入口から黒っぽいジャンパーを着た犯人が、目の部分をくり抜いたコンビニエンスストアのビニール袋を頭からかぶり、両手でけん銃様の物を握って入って来たことから、被害者は、客がふざけているものと考えて、「どうしたの」と声をかけたところ、犯人が、口にテープを貼る仕草をしながら、「テープを貼れ」と言うなどしたため、被害者は、犯人が冗談でやっているのではないと分かり、とっさにカウンター内から出て行って、犯人の両肩をつかんで揺すりながら、「何なの、何が欲しいの」と尋ねると、犯人は、「金だ、金」「テープを貼れ」などと繰り返し言い、店の出入口のシャッターとドアを閉めたことから、被害者は、逃げ道をふさがれたため、恐怖感をもったことが認められる。そうすると、被害者は、恐怖感をもつまでは、比較的冷静に犯人と応対していたことが明らかであり、そして、恐怖感をもった後も、被害者は、一〇〇円硬貨の束を犯人に手渡して引き下がらせようとしたり、犯人からメモを示され、あるいは、トイレに入るよう命じられて、その都度犯人と押し問答をしていることも認められることからすれば、犯人の声を聞いて男と分かったとする被害者の供述は、十分信用することができるのであり、被告人が男の声色を使ったことから被害者が犯人を男と誤解した旨の被告人の公判供述は到底措信できない。また、Bの変声期が本件後であるとする当審証人Eの供述も、同人は服役中でBとは接しておらず、結局は伝聞にすぎず、仮にそうであったとしてもこれが被害者の右供述の信用性を揺るがすに足りるものではない。

被害者は、ビニール袋の穴から見えた犯人の目がきょとんとしており、細くないという特徴があり、犯人の声の感じや犯人の太り方などから犯人をBと思うと供述しているが、被害者は、従業員である被告人ばかりかその長男Bもよく知っており、Bを本件店に呼んで食事をさせてやるなどしていたことからすれば、被害者が犯人を特定した思考過程に合理性が認められる。被害者が、犯人をBと気づくのに二日かかり、これを警察署に行って話すのにさらに日数を要しているが、これは犯人が、ビニール袋を頭からかぶって覆面をし、その穴から目だけを出し、ジャンパーを着込むなどしていたため、被害者が直ちにその犯人を誰とまで特定できなかったものであり、被害者が犯人を特定して警察官に話すのに時間がかかったことが、被害者の犯人特定に不審を抱かせるものとはいえない。

被害者が、当初、犯人の行動を見て客のいたずらと思い込み、怖がらずに飛び出して行って犯人の肩をつかむなどしたのも、被害者が、犯人をよく知っている人と直感したためにとった行動ともみられるのであり、被告人は約二年前から本件店でホステスとして稼働しており、被害者はBよりは被告人の方をよく見知っており、Bが被告人と同程度の背丈及び体重となっていることや、ビニール袋をかぶり、ジャンパーを着込んでいたこと、当時の店内の薄暗さを考えても、被害者が被告人とBとを見間違えたことは考え難く、これを疑うべき事情もみられない。本件犯人をBであるとする被害者の供述は十分信用できると判断される。

他に被害者の目撃供述が信用できないとする所論を逐一検討しても、いずれも右判断を揺るがすものではない。

2  被告人の捜査段階の各供述調書に任意性及び信用性が認められ、これに反する被告人の公判供述が措信できるものでないことは原判決が説示したとおりである。

被告人は、自己の単独犯行であると述べたのに、捜査官からこれを取り上げて貰えなかった旨弁解するが、原審記録によれば、被告人は、逮捕当日から一貫してBに本件強盗を実行させたことを認める供述調書の作成に応じているのであり、弁護人選任届を検察庁に提出した後も、被告人は、同様の内容の供述調書の作成に応じた上、起訴された直後も、勾留質問に際し、裁判官に対し、Bに本件強盗を実行させた旨の公訴事実に間違いないと述べているのであり、被告人の捜査官に対する右各供述調書は、Bに本件強盗の実行行為を指示した状況等について、当時の心境及びBの反応等を含め、体験者にしか語れないような具体的かつ詳細な供述内容になっていることなどからすれば、その供述の任意性・信用性に疑いを入れるところはない。

所論は、被告人の原審供述にみられた強盗の実行行為の状況について記憶の欠落は当時被告人が睡眠薬を服用していたなどの結果であるという。しかし、被告人は、当審において、当時のことを思い出したとして、詳細に事件状況を供述しており、また、当時服用していた睡眠薬による記憶の欠損を否定する供述もしている。そして、被告人は、なぜ二年半余も経過した当審において詳細な記憶を取り戻したのかについては、結局、合理的な説明をすることができず、被告人の捜査段階の供述に反する被告人の原審及び当審供述は到底措信できるものではない。

3  Bの、本件犯行の実行及びその被告人の指示を否定する受命裁判官に対する供述が信用できないことは、原判決が正当に説示したとおりである。

4  ちなみに、原審記録及び当審における事実取調べの結果によれば、本件捜査の経緯等は、次のとおりのものであったと認められる。

平成一〇年一月六日午後六時二五分ころ、本件が発生し、被害者は、犯人が逃走した後、隣店経営者鈴木道子に本件被害を訴え、同女が一一〇番通報したことにより、同日午後六時四三分ころ、深川警察署地域係警察官が現場に到着し、現場立入禁止等の現場保存を行い、同署派遣鑑識課警察官らが現場指紋の採取にあたった。同署警察官が現場で事情聴取中の午後七時ころ、被告人が、「ママどうしたの、何かあったの」と言いながら現場に立ち入ろうとして、同店の入口で阻止された。翌七日午後二時三〇分ころ、被告人が、被害者に電話をかけて、犯人が本件犯行現場に置いていった紙片について、「私、あの紙切れに触っているよ」と話した。同日午後四時三〇分ころ、被告人が被害者方を訪れ、被害者が、被告人に、「犯人はBちゃんかと思った」と言ったところ、被告人は、来訪した用件も何も言わずに帰り、同日夜、被告人はBら子供二人を連れて自宅から逃げ出した。同月一六日前記採取にかかる指紋の中に被告人の指紋と符合するものが存在することが確認された。同月一九日、被害者は、深川警察署に赴いて、「事件当日に受けた犯人の印象として、体格が小太り、身長が一六〇ないし一六五センチメートルくらいで、声がBちゃんに似ており、思わず犯人に「B」と声をかけそうになった」と話した。同月二三日、Bが、被害者に電話をかけて、「栃木県小山の叔母さんの家にいる。お母さんがいなくなった」と話したことから、同月二四日、深川警察署警察官が、Bの叔母F子方に赴き、同女の依頼により、Bとその弟を保護して、東京都足立児童相談所長に身柄通告した。同月二九日、深川警察署警察官は、捜索差押許可状の発付を得て被告人方を捜索し、現金を除く本件被害品全部を発見して差し押さえた。同年二月四日、深川警察署警察官は、東京都墨田児童相談所において同所児童福祉司稲垣宏立会の上、Bから事情聴取をし、Bは、「お金がなかったので、目のところに穴を空けた布をかぶり、木の棒を持って店に入った。イサキのママさんは、カウンターの中におり、お金をよこせと言って、赤いバッグを貰ってから黒いバッグを貰って逃げた。赤いバッグの中には現金が六万円くらい入っており、次の日にイサキのママさんから借りたお金だと言ってお母さんに渡した」旨の反省文を任意に作成して提出した。深川警察署警察官は、右反省文の内容が被害状況と食い違うことから、同月一七日、東京都足立児童相談所において同所保護係長成沢静夫立会の上、再度、Bから事情聴取をしたところ、Bは、「お母さんに迷惑がかかると思って本当のことが言えなかった」などと言って、涙を流しながら、「一週間前にお母さんからイサキに行ってお金を借りてきてと言われ、それから三日くらい経って、お母さんからイサキに行ってお金を取ってきてと言われた。一月六日午後五時ころゲームを止めてテレビを見ていたところ、一緒に見ていたお母さんから、イサキに行ってお金を取ってきてと言われた。僕が嫌だと言ったら、お母さんは、時間がないから早くしてと言って、ジャンパー、プラモデルのピストル、ビニール袋、メモ紙を渡した。メモ紙は、お母さんが一週間前から左手で字を書く練習をしていた。僕に渡した紙は、小さい紙で何と書いてあるのかは分からなかった。お母さんはこの紙をイサキのママさんに渡しなさいと言った。お母さんは、ビニール袋は店に入る前にかぶり、ピストルは店に入ってママさんに見せなさいと言った。悪いことだと思ったけど、お金がないというので仕方なくイサキに行き、入口の前でビニール袋をかぶり、店に入って、台所にいたママさんをトイレに入れた。メモ紙をカウンターの上に置いてから、カウンターの上にあった黒いバッグを取り、家に逃げ帰ってお母さんに黒いバッグなどを渡した。お母さんはそれを僕の机の上に置き、ゲームを買いに行くと言って出ていった。僕はそのまま寝てしまい、起きたらバッグはなくなっていた。お金がいくら入っていたか分からない」旨の反省文を任意に作成して提出した。深川警察署警察官は、右反省文に犯人しか知り得ないことなどの記載があったことから、同月二六日、再度、同児童相談所において、前記成沢係長立会の下にBから事情聴取をし、Bが同旨の供述をしたことから、これを申述書にまとめ、他の関係書類と共に疎明資料として提出して、被告人がBに本件強盗を教唆した被疑事実により逮捕状の発付を請求し、同年一〇月九日その発付を得たが、被告人の所在が不明のため逮捕することができず、その後右逮捕状の再発付を得て、犯行後一年三ケ月近い平成一一年三月三一日に被告人を逮捕した。そして、被告人は右逮捕当日から一貫して捜査官に対し右の逮捕事実を間違いないと認める供述調書の作成に応じている。

以上によれば、本件を、被告人の指示によりBが実行した強盗事件であると特定した捜査経過及び結果に何ら問題がなかったことが明らかである。

なお、弁護人は、現場に遺留された指紋からは、Bの指紋が検出されておらず、逆に被告人の指紋が検出されているとして、云々するが、犯行現場及び実行犯の示したメモから被告人の指紋が確認され、Bの指紋の存在は確認されていないが、これは、メモは被告人作成のものであり、犯行現場が被告人の勤務先であることからすれば、これらから被告人の指紋の存在が確認されるのは当然のことであり、Bの指紋の存在が確認されていないのは、当時まだBが容疑者として浮かび上がっていなかったためであろうと推測され、その後、刑事責任能力のないBにつき指紋の照合をしなかったとしても、それが唯一の捜査方法ではないのであって、この点、原判決の認定を左右するに足りるものではない。

また、平成一〇年二月四日にBが作成した反省文の内容が被告人の関与の点ばかりか犯行態様においても事実と食い違っている部分があるが、前述のように後にBは、これが虚偽内容であったとして、新たに反省文を作成して提出しており、そこには、被告人の関与はもとより犯行態様についても、捜査官の知り得ない事実等を含め、具体的で臨場感のある事実が記載されており、その記載内容は、事実とよく符合しており、捜査官の不当な取調方法により作成されたものとは認められず、その記載内容に十分信用がおけるものであることからすれば、当初の虚偽内容の反省文をもってBが実行犯でないことの証拠であるなどということはできない。

第二  控訴趣意中、量刑不当の点について

量刑不当の所論は、本件が被告人の単独犯行であることを前提とするところは、前述のとおり、その前提が認められないことからして失当である。

本件は、被告人が、金銭に窮したあげく、自己の勤務先の女性経営者を襲って現金を強奪する計画を立て、コンビニエンスストアのビニール袋に目の部分をくりぬいて覆面を作り、自己の筆跡と発覚しないように、キャッシュカードの暗証番号等の教示方を要求するメモを左手で作成するなどして犯行の手はずを整え、これを実行する段になって気後れがして、当時一二歳の長男に指示して自己の代わりに右強盗を実行させ、現金約四〇万円等を手に入れたものである。被告人が怠惰な生活を送っていたことも金銭に窮した一因であるとみられることなどからして、犯行の動機に同情の余地がさほどなく、犯行態様も、凶器を擬し、覆面をしてスナック店内で一人で稼働中の女性を襲う典型的な強盗であり、しかも中学一年生の長男にこれを実行させた点で犯情はさらに悪いというほかなく、被害者に与えた財産的損害はもとより精神的被害も決して小さくない。被告人は、強取した金員を子どもと共にホテル住まいをするなどして浪費したあげく、子どもをホテルに置いて単身逃亡するなど犯行後の事情も誠に芳しくない。

そうすると、被告人に前科がなく、生育歴に同情すべきところがあり、本件時は夫が服役中のため二人の子を一人で養わなければならなかったことや、被告人の内心においては本件犯行を長男に敢行させたことの愚かさを悟って強く反省しているものと察せられること、被害者との間に示談が成立し、被告人の夫が原審後にも約定の分割払金の支払いを続けてその七割を支払い終えたこと、被告人も、原審後に、被害者に謝罪の手紙を送付し、夫との生活はやり直す決意を固めており、被告人の保護を必要とする二人の子がいることなどの情状を十二分考慮しても、本件が執行猶予を相当とする事案とは到底いえず、被告人を懲役三年八月に処した原判決の刑が重過ぎて不当であるとはいえない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中主文掲記の日数を原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

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